不治の病といえば、

代表格は癌である

だから?

癌治療法の開発は

注目され、その治療法の確立は

医療界において夢でもあり、

大きな目標となり、多くの資金や

エネルギーが注ぎ込まれる

でも、不治の病は癌だけではない

他にも、たくさんの不治の病はある

僕のような脳卒中の後遺症も

現代医学では完全回復不可能な

不治の病?である

にも関わらず、

癌治療ほど注目はされない

なぜなのか?

考えてみた

僕が思うに

癌の先には死が待っている

それに引き換え、

脳卒中後の半身不随という

障害(病?)の先には必ずしも死はない

だから、癌治療は注目され

半身不随の障害の治療は注目されない

という構図ではないか、、


それは、つまり

人間にとっては死が

最大の悲しみであり

最大の苦痛である


という前提に立っていからではないか

僕は自分が半身不随という障害を

負って初めて分かった事だけど、

死が必ずしも最大の苦痛であり

悲しみではなく、

死よりも悲しく、苦しく、

辛い「生きる」が存在するという事を

知った、、


今の僕にとっては死は必ずしも

最大の苦痛でもなく

最大の悲しみでもない

死は僕にとっては

ある意味、

生きる障害者として

生きなけばならないという

苦痛からの解放だ

そう考えている

実際、この苦しみからは解放される事は


間違いないだろう

なぜか

苦しみは心で感じるものである

死は肉体、そして脳の消滅である

そして心は脳であるから

(実際、脳を患うと心も患う、親兄弟さえ認識できなくなる[もし、脳とは別に魂や霊魂などというものが存在するのなら親兄弟を認識できなる事はないはずだ。なぜなら、守護霊は親兄弟などの身内を見守るのだから、だから脳を患うことで身内を認識できなくなるのなら、脳こそ心であり、魂ではないか)

最近増加するうつ病や痴呆症だって脳の病である


その脳が消滅するということは

死と同時に心や魂も消滅する

肉体だけが消滅して心は魂だけが

残るなどという人間の誠に勝手な甘美な

夢想てまある永遠の魂や永遠の命などは存在しない

もし、永遠の魂や霊などという「心」だけが残るなら

苦しみや悲しみも永遠に続く事なる

それはないし、

あって欲しくもない

死は全て(肉体も魂も心も全て)の消滅である

だから、死と同時に心は消滅するから

苦しみも消滅する

そして無になる

いやタンパク質の塊となるだけだ

と僕は少なくとも考えている




病の治療が病の「苦しみ」からの

解放だとすれば

癌の治療が癌の先にある死という

人間にとって最大の苦しみ(苦痛だけでなく悲しみ)からの

解放だから癌の治療は有意義であり、

注目され、注力される

というのであれば

僕にすれば、僕のような

半身不随の治療だって

癌に匹敵するくらい

人間を「生きる苦しみ」から

解放するものではないか

と思うのだ、、


半身不随だけでなく

世の中にはさまざまな

不治の病で苦しんでいる方が

存在する。

にも関わらず、

癌だけが他の病の治療に比べ

注目され、注力されるのは

なんだかおかしいと思う

あくまでもその病の先にある死が

人間にとって最大の悲しみであり、

苦しみであるという、

ある意味、健常者の偏った思い

(人間にとって最大苦しみと悲しみは死であるという)

からくる不公平な考えではないか

と考えるのは

僕のひがみでしかないのだろうか



どんな病であろうと

それが現代医学で不治である限り

その苦しみは「生きる苦しみ」となり

それは、死よりもずっと苦しい

「生き地獄」となる

可能性は高いと思う

だとしたら

癌治療よりも

注目され注力されても良いのではないか


と思うのだ