今朝TBSのサンデーモーニングを見ていると
「風を読む」のコーナーでしきりと現在の世界は「閉塞感」が漂っていると繰り返していた。
街頭インタビューでも未来が暗いと感じているというVTRばかり探していた。
「閉塞感」「閉塞感」という言葉を繰り返すな!と思ってしまった。

メディアは「言葉」を最も大切にしなければならないはず、その「言葉」で世間の空気を一変させて
しまう事だってできる。
政治しても同じ、政治家は「言葉・言動」が唯一の仕事の武器である。
そうしたメディアや政治家が希望を与える言動をしないと、国民の心はますます閉塞感に陥ってしまう。
今日も相も変わらず「政治家は希望が持てる社会にしなければならない」などと言っていたが、

「希望」とは世の中の状態ではなく心の状態である
だからどんなに苦境であっても希望を持つ人は持つ。

昔、政治評論家の三宅久之さんが言っていたが「人の不幸が、世の中の不幸がニュースになる」
と言っていたのを思い出します。
メディア自身が、国民の心を疲弊させてしまっているではないだろうか。
もちろん政治家も同様である。
政治家の「言動」は国民の心に希望を持たせる否かの大きな影響を持っている
少なくとも僕は、今、幸にも希望をもつことができている。

今やろうとしている事業のために、いろいろな環境技術を持つ中堅中小企業の調査をしたところ、
社会の点で、次々と新しい芽が吹き始めていることを実感している。

たとえば
・どの方向から風が吹いても発電できるという画期的な風力発電システム
・これまで太陽光発電パネルは、その重さがゆえに大きな屋根には取り付けることが非常に難しく莫大な
 コストがかかったが、体育館や工場などどんな大きな屋根にも取り付けることができフィルム状の
 太陽光発電パネルを開発した中小企業。
・強風でも倒れることはがない、しかも微風でも発電ができるという風力発風車を開発している研究室。

・これまで目詰まりの問題で難しいと言われていた排水でも特殊な儀式により浄化し、飲料水化できる
 フィルターとそのプラント。(これは我々を通してベトナムに導入が決まった)

エネルギー問題にしても環境問題にしても、「現場」では、日本の技術者の妥協のない執念とその技
で未来への希望が見える技術が開発されつつあることを僕は実感している。

希望持つこととは、自らの心の問題で、前向きな心を持つことで、前向きな発想や行動になってくる
ものだ。
新聞を含めてメディア関係者は、以外と「現場」を知らない。そして頭の中の「観念論」だけで
記事を書き「大変で大変だ」とされる騒ぎたてる。それが「文屋」と言われる所以だと思う。
しかしメディアの報道の中の「言葉」が世の中に与える影響は非常に大きいと思う。
現在のメディアはその言葉の責任の重大性をもっと認識してほしいと思う。

視聴率至上主義で、刺激的で大衆の不安を煽るだけ報道はもうたくさんだ。
そういった意味では視聴率などに左右されない現場で一人奮闘するフリージャーナリストの方が
世の中を元気にさせる情報を持っているのではないだろうか。

言葉の重みという意味では政治家も同様だと思います。
今の政権の何とも言えない自信のなげな発言の数々・・
経済政策云々よりもこういった弱気な言動こそが国民の意欲を阻害し
景気を低迷している最大の原因ではないだろうかなどと考えていた。