先日仕事上で打ち合わせに行った会社の社長さん・・
いろいろ教えを請いたいと思い行ったのだが、話をしているうちに、どうもその人の考えとか人格がよく掴めないでいた。どうも「自分と合わない」という感覚がして仕方がなかった。

打ち合わせからいろいろ考えながら帰ってきてやっと分かったことですが

その人はいろんなビジネス市場の「隙間」をよく心得ていて、
その「隙間」を狙うと儲かるという話以外の何でもなかったことに気がついたのです。そこには全くと言って良いほど「仕事をする喜び」や「やり甲斐」のような話がなかったのです。つまり、その人に熱い「志」のようなものが全く感じなかったのです。
そのことに帰ってから気がついたのです。7

どんなに大きなビジネスをしていても、そこに「志」がとても空虚なものになってしまうと思います。
僕の場合、障害者になったことで人一倍「人の役に立つ人間であり続けたい」「社会の役に立つ人間であり続けたい」という思いが強くなっているため、そういうものが存在しない単なるお金儲けのビジネスには嫌悪感さえ感じるようになってきています。

以前、外食産業で成功者社長が最高級クラスのベンツや社長室に金張りのサウナ室を作っているという
「金持ち紹介」のテレビ番組を見たことがありますが、そんなことがそんなに嬉しいのだろうか
実にくだらないとしか思えません。調べてみたら結局その会社は倒産していました。

あの「ホリエモン」も同じだと思います。
ライブドアであれだけ巨大な売り上げや利益を上げながら、そこに「志」を感じなかった。
だからあれだけ叩かれたのだろう。

同じIT企業でもソフトバンクの孫さんは、大昔から「デジタル情報革命によって社会変革を実現する」
という志を語っていました。だからとこまで行っても、大きな壁が立ちはだかっても「折れる」ことがないのだろう。

志のないビジネスは錬金術だと思います。何も「社会的貢献」をしていない

昔、若いころ企業には「社会的責任がある」と言われたことがありますが。ピンと来なかったこと覚えています。「企業は利益を追求しなければいけない、社会的責任なんてきれいごとでしょ」と思っていました。

でも最近になって、特に障害者になってから、「社会に役に立っている」ことの喜びの方が「お金が儲かる」という喜びよりも何十倍も何百倍も、いや比較にならないほど喜びが強いことに気がつき始めています。

2年前に破たんしたリーマンブラザーズにしてもきっとどこかで「社会的責任」を置き忘れ、金銭的利益追及の道に入り込んでしまったのだろう。

障害者になってから、人に会ったとき、相手が「真剣に生きている人」かどうかとか、
いわゆる「人格者」であるかどうかということに対してものすごく敏感になったと思います。
これは障害者になったことによって得た最大の能力だと思っています。