1963年1月1日生まれ中途身障者の岡下俊介ブログ

私は2008年11月に脳出血を起こし、左半身不随の障害者になってしまいました。それまでは神戸三宮でIT系企業の代表取締役をしていたのですが、障害者になってしまったため、会社を継続することができず、会社が畳みました。ですが一昨年の2016年に再起のために性懲りもなくまた新たな事業を立ち上げました。その大きな理由としては障害者でも健常者に負けないと言うことを証明したいという思いからです。先月まではアメブロでブログを10年間書き続けてきましたが、諸事情によりアメブロは閉鎖しましたので、このlivedoor blogでブログを再開いたしましたので宜しくお願い致します。アメブロの時の記述を同様に障害者としての想いや元社長としての新たな事業に対する想いなどについて書き綴っていきたいと思います。

2011年07月

辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、怒り、恨みなどの心が生まれる自分自身に起こったことや身の回りの事象をどのように捉えるかによって、辛いことも、辛くなかったり、苦しいことも、苦しくなかったり、悲しいことも、悲しくなかったり、そして怒りや恨みなど気持ちも薄れ ...

最近、脱原発の議論がテレビでも行われている。その中で再生可能エネルギーは高コストであるとかそうでないとかいった議論がされている。その議論自体に僕は疑問を持っている。よく管首相は「議論を深めて行きたい」「もっと議論を深める必要がある。」というような発言をし ...

過去の多くの偉人が「困難や苦境は試練と思え」というようなことを言っているけれど、これまでの僕はピンと来ていなかった。でも今回僕は脳出血により障害者になったことで、その通りだ!と本当に思えるようになった。なぜなら、困難や苦境に襲われとき、これまで通りの考え ...

先月のNHKスペシャルで放映されたマサチュ-セッツ工科大学でサーチュイン遺伝子という不老不死の遺伝子を発見したという話題がひそかに注目を浴びているようだ。その話の話題を聞いたときに同時に「その遺伝子を目覚めさせるためにどうしたらいいの?」「不老不死になってみ ...

僕は障害者になってからというもの、「たとえ障害者であっても、人の役に立つ人間でありたい。」「何の役にも立たない人間」にだけはなりたくなかった。ただそれだけ現在のNPO法人を立ち上げたきっかけもただそれだけなのだ。僕は「ありがとう。あなたのおかげで助かりました ...

人の介助なしで生きていけない人間にだけはなりたくないたとえ障害者であっても・・与えられた役目がほしい福祉とい名の元に介助されるだけで、何もさせてもらえないこと、何もやることがないことの方がずっと怖ろしいなぜなら、何もしない、何もやることがない状況は、ただ ...

一度志を持ったからにはちょっとしたことで弱気になってはいけない。と今、自分に言い聞かせている。昨日ある産業振興支援団体の方に、NPO法人の今後の事業展開に対して助言をもらいに伺った。その時に何気なく言われた言葉が僕の心に突き刺さった。「その手の事業は最も ...

面白きこともなき世を面白く 住みなすものは心なりけり高杉晋作の辞世の句だ。今48歳の僕、振り返ってこれほど波乱万丈の人生になるとは思いもよらなかった。43歳で小さいながら会社を起業、決して適職とはいえない社長業を奮闘し、45歳のさあこれからというときに、脳 ...

僕はいわゆる「中途障害者」であるので、生まれつきの先天性の障害者の方の苦悩や苦労については理解出来ないし、何か言える立場ではないけれど、少なくとも中途障害者の苦悩については話すことができる、知ってもらうことができる。中途障害というものは、それまで持ってい ...

人間、生まれたときから挫折の連続ではないか。ミルクを飲むのに失敗し、立ち上がることに失敗し、歩く事に失敗し、ころんで怪我をして、そこからどうしたら転ばないで済むかを学び、なぜ転んでしまったのかえおも学ぶそんな学びがあるからこそ歩く事ができるようになり、ミ ...

僕の生きる使命とは何だろう男の生き方とは?女の生き方とは?女の使命とは?男の使命とは?こんな事を言うと古臭い考え方の人間だと思われるかも知れないけれど、男女関係なく、人間には人それぞれに生きる使命というものがあるのではなたいだろうか。そしてその使命を果す ...

受容・・「悲しみの受容」「障害受容」受容という言葉・・なんと冷酷で残酷な言葉なのだ。 愛する人の死の悲しみや障害を負った苦しみなどを「こんなものだ」と受けれること?不可能だ・・経験した事のない人が無責任に言う冷酷且つ残酷な言葉にすぎない。肉親や子供を亡くし ...

湿り気湧き立つ梅雨の朝、痺れ湧き立つ我が身体、心も湿らす朝涙 ...

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