俺はまだ生きている!脳出血で半身不随になった元IT系社長岡下俊介

私は2008年11月に脳出血を起こし、左半身不随の障害者になってしまいました。それまでは神戸三宮でIT系企業の代表取締役をしていたのですが、障害者になってしまったため、会社を継続することができず、会社が畳みました。ですが一昨年の2016年に再起のために性懲りもなくまた新たな事業を立ち上げました。その大きな理由としては障害者でも健常者に負けないと言うことを証明したいという思いからです。先月まではアメブロでブログを10年間書き続けてきましたが、諸事情によりアメブロは閉鎖しましたので、このlivedoor blogでブログを再開いたしましたので宜しくお願い致します。アメブロの時の記述を同様に障害者としての想いや元社長としての新たな事業に対する想いなどについて書き綴っていきたいと思います。

2012年04月

------------------------------------------------------------------剣道で面に小手、胴をつけて竹刀で試合をしている間はいくら真剣にやっているようでも、まだまだ心に隙がある。打たれても死なないし、血も出ないからである。しかしこれが木刀で試合をするとなるといさ ...

障害を負ってからというもの何をするにも身体が重く、毎日体が痺れと痛みで体調も良くない。どうしても何をするにもおっくうになってしまう。「明日にしよう」と思ってしまいやらない自分がいる。健常者の頃、僕は「いつかできることは、すべて今日でもできる」と思ってやる ...

今日は近所の桜の綺麗なところに健常な頃に購入した一眼レフを持っていそいそと撮影に行ってきた。倒れるち直前に折角購入した超広角レンズを試してみたかったからだ。右手片手しか使えないから左手でレンズの調整をし「ながら」は無理だけど決め打ちで撮影した。結構綺麗に ...

痛みとはどんなに大きな痛みでもそれが一過性(一瞬)だったら耐える事はできるなぜなら、すぐ「過去のもの」になるから、。でも小さな痛みでも四六時中続くと心まで蝕んでしまう。増してそれがいつ終わるかわからないなんて残酷過ぎる中枢性疼痛はそういう意味で残酷だと思う ...

人格障害とは男性の場合、人格障害はDVとなって現れる女性の場合人格障害は家事放棄や子供の虐待となって現れるらしい。人格障害の厄介なところは、本人は全くその自覚が無い事だ。だからいわゆる外面は良いだから周囲は気付き難い以前からずっと以前から気付いていたはずな ...

僕は脳卒中になってからというもの中枢性疼痛という痛みと痺れに苦しんでいる。この中枢性疼痛、何の損傷もない左半身に猛烈な痺れと激痛が走るのだ。酷いときには24時間四六時中であるこの症状が発見されたのはドイツ・・あまりの苦しみに自死した人が出た事がきっけけだっ ...

手足が動かない不自由さは工夫で何とでもなるが、痛みと痺れは工夫ではどうにもならない。そんな僕をはじめて僕を中枢性疼痛と診断してくれ、「障害は受容できるが疼痛は受容できない」と言ってくれた医師に出会った。分かってくれただけでも嬉しい。FACEBOOK上でだが・・ほ ...

僕は半身麻痺で毎日が不自由さと痛みと痺れとの闘いだ。その苦しみにときどき抑うつ状態になってしまう。でもそんなときこそ自分の立てた将来の大きな大きな志を想うのだ。何が何でも障害者でも社会の役に立つことを証明してみせてやる!そんなことを想うことによって目先の ...

ウルシにかぶれやすい人がいるその人に目をつぶってもらって、柿の葉か何かウルシとは違う葉でサラサラと手を撫で、「ウルシの葉に触ったよ」という。そうするとたちまちその人には全身にかぶれの現象が起こってきてもがき苦しむという。心に思ったことがそのまま形に表れて ...

今朝は、午前中は何もする意欲がなかった。なぜだか理由はわからない。とにかく何もしたくなかった。半身麻痺が恨めしかった。鉛のように重い左半身、 左腕も、鉛のように重い右腕と同じ重さにも関わらず、なぜ左腕はこんなに重いのか、、 こんな重い左半身を毎日引きずって ...

障害者になって気付いた事がある。。それは「老いる」という事はどういう事かということだ。昔、ある人に聞いたことがある。あなたは車で右折なり、左折なりするときに横断歩道をヨボヨボとゆっくりと渡る老いたおじいさんやおばあさんにイライラしたことはなですか?でもね ...

折角の桜の季節だから近所の桜を撮影してきた。桜はやっぱりいいねぇ・・桜:美しく散るもの薔薇:花弁を残して枯れるもの ...

希望も志も心の中痛い身体で希望を持つことは難しい。。苦しい経済環境でも希望を持つことは難しい。。でも希も志も、周囲の環境にも身体の機能や障害とは関係ない。心の中で持つものだ。心の中に希望や志を持つことができたらしめたもの・・目標を達成したのも同じ・・なぜ ...

脳卒中の後遺症で辛いのは、難しいことができなくなるのではなく誰にでもできる簡単な、当たり前のことができなくなることだ。例えば100m13秒で走れていたのが14秒になるのならが我慢できる。でも100m歩くことさえ辛くなるのだ。今まで培った難しい専門的な知識が ...

先の記事で身体が不自由なのは不便なだけ、決して不幸ではないと書いたけど・・僕は脳のど真ん中あたり(被殻出血というらしい)で出血したのでそのあたりにある視床という部分の脳細胞が損傷しているらしく、常時感覚障害と痛みと痺れが酷い日によっても酷さは変する。スト ...

ふとあることに気が付いた。障害は不便なだけ、不幸ではないのだ。不便は工夫すればなんとでもなる。不幸は心の問題。今の自分を不幸だと思う心こそが不幸なのだ。悲しみ、憎しみ、怒り、妬み、そんな心を持つこと自体が不幸なのだたとえ障害を負って工夫次第でやれることは ...

僕は脳出血によって身体機能の一部を失った。僕の場合、自分で会社を経営していたので同時に今までの仕事もすべて失った。。大切な会社も、大切な従業員も全てを失った。サラリーマンと違い、労災も出ず、リハビリである程度杖つきで歩けるようにまで回復したものの、仕事へ ...

なかなか成果が出ない・・このままで良いのか・・未来はあるのか・・逆に後退してはいまいか・焦る・・なかなか結果が出ないと焦るものである不安も増幅する・・リハビリもそうだ・・毎週リハビリ病院に通って、もう3年・・症状が改善しているようには感じない。さすがに3年 ...

僕は男である。僕は一家の大黒柱である。たとえ障害者になったとしてもそのことは変わらない。男であれば仕事に打ち込み一家の主であれば家族を養うのが僕の役目である。今の僕は左足は不自由で杖なしでは歩けず、ノロノロとしいるけど僕には健常な右足がある。だから一切歩 ...

僕は先天性の障害を持っているわけではなく、ある時期まで45年間ごく普通の健常者だった。だから当たり前にできることは当たり前にできていた。強いて言えば水泳選手だったこともあり多少人よりは体力に自信があった。中途障害とはある日突然そのほとんどすべての機能を失う ...

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