俺はまだ生きている!脳出血で半身不随になった元IT系社長岡下俊介

私は2008年11月に脳出血を起こし、左半身不随の障害者になってしまいました。それまでは神戸三宮でIT系企業の代表取締役をしていたのですが、障害者になってしまったため、会社を継続することができず、会社が畳みました。ですが一昨年の2016年に再起のために性懲りもなくまた新たな事業を立ち上げました。その大きな理由としては障害者でも健常者に負けないと言うことを証明したいという思いからです。先月まではアメブロでブログを10年間書き続けてきましたが、諸事情によりアメブロは閉鎖しましたので、このlivedoor blogでブログを再開いたしましたので宜しくお願い致します。アメブロの時の記述を同様に障害者としての想いや元社長としての新たな事業に対する想いなどについて書き綴っていきたいと思います。

2013年06月

半身不随という障害者になって自分なりに気付いたこと//それはいわゆる「欲」(金銭欲、快楽欲、名誉欲といったようなもの)だけでなく、純粋な人としての「願い」(例えばいつまでも健康でありたい)「愛」(男女愛、親子愛、家族愛)や「期待」(例えば、スポーツや学業における大 ...

自分で言うのも何だけど、、僕は健常者の頃、何をするにもそこそこ段取り上手で、結構手際が良かったと思うそれも、これも大阪の船場で丁稚奉公してきた叩き上げの親父が僕に幼い頃から「段取り」「段取り」「段取り」どんな仕事ももスムーズに進めるのはスピードではなく「 ...

自分が45歳で脳出血で半半身不随になり、会社を潰し、自己破産するなんて人生も予測不能だったけれど最近、ますます予測不能だと感じる・・こんな身体でも何かの役に立ちたいなんて思い取組みはじめた再生可能エネルギー関連の活動だけどやはりこんな身体じゃあ出来る事には ...

TSDってよく耳にしたことがあるベトナム戦争かやイラク戦争からの帰還兵そして暴行を受けた子供や女性が陥るというPTSD・・.正式名称『心的外傷後ストレス性障害』と言うそうだ鬱が『心の疲労骨折』ならPTSDは『心の外傷性の複雑骨折』といえるらしい。鬱と異なり、自分 ...

脳神経が損傷するという病気って本当に厄介だと思う。何が厄介って、、どんなに苦しんでいても診断ができないのだから・・最先端のMRIやCTスキャナーどんな最先端技術をもってしても苦しみの原因は科学的に掴めず、分析も解析もできないこんなに痛くて痺れているに関わらず・ ...

今日は・・朝から梅雨前線のせいか台風接近のせいかわからないが痺れが強烈に酷い・・正気を失いそうである・・こうやって書いている間も左半身は一枚皮を剥がされたような痛みを感じている。まるで拷問だ・・ラクになりたい・・早く・・・そんな気持が・・よからぬ事を考え ...

人生、生きているとさまざまな危機や苦境に出食わすものだ。危機や苦境とはその人にとって「緊急事態」でもあると思うそんなとき、大概、「打つ手無し」といわゆる「八方塞がり」に感じるものだと思うそして将来に絶望するまさに4年半前の僕がそうだった。突然の脳出血とその ...

いつも僕は奥歯を食いしばっているこのままじゃそのうち奥歯がボロボロになってしまうかも・・なぜって・・痛みに耐えるため、痺れに耐えるため、悔しさに耐えるため、悲しみに耐えるため、怒りを耐えるためほとんどいつも奥歯を食いしばっている痛いとか辛いとか悔しいとか ...

生死をさまよい・・生還したと思ったら・・左半身の機能は失われ・・・疼痛に苦しみ・・会社は失い・・親族間では揉め事だらけ・・正直、苦しかった・・本当に、本当に、、嘆いた、恨んだ、憎んだ、悲しんだ人を、病気を、自分の人生を・・何もかも・・何度も、何度も・・で ...

思える思うがままにならぬ事を思うがままにしようとして、思うがままにならない事を苦という正しい行いをしているはずなに、最低限の人間としての生き方さえできないそんな人間の苦を正しい運転しているに出合う交通事故に例えて、昨日記事に書いたら、僕と同じ脳卒中なり視 ...

煩悩があるから苦があるという煩悩による苦とは・・思うがままにならぬことを思うがままにしようとして人は苦しむそれは決して「強欲」とかいうものではなく普通に健康に生きたいという願いさえも煩悩なのかも知れない生きるというこさえ、確かに死にたくないということさえ ...

こんな僕でも疼痛の痛みや痺れも障害者になったことによる悔しさと悲しみと怒りなども消える瞬間がある・・それは人とコミュニケーションをしている瞬間だということに気が付いた痛みや痺れによる苦悶の表情を人前に出したくないという潜在的な意識が働くのか言葉によって人 ...

今、僕は死ぬことは怖くないこれは強がりでも何でもないなぜなら(少なくとも今の僕にとって)死はあらゆる苦(痛)「痛み・痺れ、不自由による屈辱感等々」からの永遠の解放であり、「無」への回帰だからだだから今僕は(無理して)生きたいとは思っていない(むしろ心のど ...

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