俺はまだ生きている!脳出血で半身不随になった元IT系社長岡下俊介

私は2008年11月に脳出血を起こし、左半身不随の障害者になってしまいました。それまでは神戸三宮でIT系企業の代表取締役をしていたのですが、障害者になってしまったため、会社を継続することができず、会社が畳みました。ですが一昨年の2016年に再起のために性懲りもなくまた新たな事業を立ち上げました。その大きな理由としては障害者でも健常者に負けないと言うことを証明したいという思いからです。先月まではアメブロでブログを10年間書き続けてきましたが、諸事情によりアメブロは閉鎖しましたので、このlivedoor blogでブログを再開いたしましたので宜しくお願い致します。アメブロの時の記述を同様に障害者としての想いや元社長としての新たな事業に対する想いなどについて書き綴っていきたいと思います。

2014年09月

松下幸之助・・私がこの世で最も手本にしたい人物・・(自分にできるかどうかは別にして)それは決して事業の天才経営者の成功者だからではない彼は決して天才で一夜にして大企業を作り上げたのではなく、その生涯があまりに過酷であり、困難に満ち逆境に次ぐ逆境を乗り越え ...

弱さを認めるって勇気が必要で、とても難しいことだと思う僕は障害者になって最も痛感したことの一つでもあるそれは障害者になって初めて、電車で席を譲られたときだった僕はその瞬間、心の中で愕然としていた。そして思わず、何もできず、その場に一瞬立ちすくみ「ありがと ...

先日、何気なく、電車の駅の階段で手摺りにしがみつきながら階段を(必死で)登っている老人を見た。足腰が弱っているのだろう。。一歩、一歩少しずつ段を上がっていく大変そうだ・・それを見たときとっさに「僕と同じだ!」と思ったん?僕は老人???もしかするとそうかも ...

人は喪失感に最も苦しむのだと思う最もたるものが身内の死身内の喪失である財産にしても同じ、、築きあげた、或いはコツコツと積み立てた財産、つまりお金・・を失うと苦しむ・・だからお金持ちほどその財産が目減りすることを極端に恐れるだから不労所得?として投資に走る ...

僕は半身不随の障害者である・・・当り前である・・もうとっくに障害者になってから6年も経過している・・特に僕の周囲の人(友人も含め付き合いのある人)にとっては僕が障害者であるということは「既知(周知?)の事実」でありきっと当り前であるその当事者である僕も、 ...

今日、僕は脱原発、再生可能エネルギーへのシフトは可能だ、という確信をした。今日、九州から以前の記事でも紹介した超大型蓄電池(新型レドックスフローバッテリー)を開発している会社の社長が神戸に来られて僕に合いたいとの事で面談した。先日も以下の記事の一番目のテー ...

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